なぜ「さっさと死ね」と書いたのか

報道では一部だけが切り取られているので私の主張したかったことが分かりづらいと思います。簡単にまとめます。

・ハンガーストライキは、自身の命を人質にとり、政策変更を迫る行為である。自身に向けた暴力とはいえ、他人に恐怖心を抱かせることを目的としており、これは「脅威・恐怖心を与えることによって政治的主張を行う」というテロリズムと同質である。

(※これは今回の件に限らず、安保法制の審議の際に議員会館前でハンストを始めた方が出たときにも書きましたし、乙武氏がハンストをしようかな、と書いたときにも指摘しました。決して今回の件で元山さんの行動を批判するためだけに準備したものではありません。)

・民主主義が確立されている我が国において、ハンガーストライキ以外に取り得る正当な政治活動はある。選挙、請願、リコール、等々。

・県議会の議決と同列に市議会の議決も尊重されるべきである。市議会議員も、市長もまた、民主主義的手続きによって選任されその権限を与えられている。

・以上の理由から、私はハンガーストライキによって政策変更を迫る行為は絶対に容認しない。

・しかし、以上の論旨を提示してなお、「ハンガーストライキは他人に危害を加えることを目的とせず、自由な表現の一つである」という反論があった。

・であるならば、自由な表現であることを認めたうえで、ハンガーストライキという手法を用いた政治的主張を拒絶するためには「私はあなたの死を決して恐れない」という意思を表明しなければならない。そこで出てきた言葉が「さっさと死ね、という言葉をかける」です。確かに表現はきつすぎました。ご批判を招いたのは当然です。しかしご理解をいただきたいのは、決して、ハンストを実行している方が本当に死ぬことを期待しているのではなく、「その行為は無駄だから、健康を害する前に早くやめてほしい」という思いの表出である、ということです。

そして、誤解を招いていますが「さっさと死ね」という言葉は「今後ハンストをする奴が出ても」としています。決して元山さん個人に対して向けた言葉ではありません。これは、19日に元山さんがハンストをドクターストップで断念したのち、21日に投稿していることからもご理解いただけると思います。

また、元山さんがハンストをしている最中には一貫してやめるように促し、健康を気遣う投稿をしていたことも併せて付け加えます。

今回、結果的に全県で一括して県民投票が行われる方向に向かっていることは、関係者全員の努力を多とするところです(※1/29県議会の採決結果を受け、修文)。しかしこれを「元山さんのハンストの結果」とすることには警鐘を鳴らしたいと思います。今回、元山さんの行動に多くの共感が集まり、それに県議会が動かされたことは事実かもしれません。しかしそれはあくまで情理(≒感情)です。

我が国を含め世界の多くが、国民主権でありながら間接民主制を採用するのは、国民世論は感情にまかせて一方向に扇動されやすい傾向にあるからだろうと思います。いったんそのような環境に国民世論が陥れば、冷静な指摘は「売国奴」「非国民」という名のもとに罵倒され排除されることは、我が国も悲惨な歴史を通じて学びました。

民主的に選出された者が、より冷静な立場で、専門知識をもとに議論して政策決定をできる。政策決定は情理ではなく論理でなされなければならない。この二重構造が「国民主権」と「しばしば感情に流される世論」のバランスをとってきたのです。しかし、間接民主制を採用しているから、といってこのバランスは常に完全に保たれるわけではありません。戦前も議会は議会として機能していました。であるからこそ、政治にかかわる者は常に「感情に訴えて国民を扇動すること」を厳に慎まなければならない、まして「死」を利用して何かを訴える、ということは禁じ手だろうと思っています。

仮に全県での県民投票が、「ハンストの結果」と評価されたならば、今後、自分の主張と反する政治決定がなされた場合に「ハンスト」を決行する人が後を絶たなくなるでしょう。そしてその結果、いずれ悲劇は起こり得る、それを政治にかかわる者が自覚していなければならない、と思っています。